白い悪魔No.0629、
アイディアノート

後悔の日記だったり、懺悔の日記だったり、自慢の日記だったりする訳ですが、

今回は何でしょうかね?

アプリを新しく作っている訳です。

知人に評価してもらいながら、微調整を行っています。

それから、以前からそれを認識していて意識に刷り込んでいたつもりだったことが、改めて知識として持っているだけで身になっていない

そんなことを思い知りました。

スマホは所詮は携帯なんだと、簡易版、そして偽物なんだと、、

これを認識しないまま、違いを吸収しないままアプリ開発を進めると

後でひどい目に遭いますよ!

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気を付けて意識していたにも関わらず、この有様です。

ノートパソコンは今後、10年経っても20年経ってもいくら技術革新があったとしても小さくならないでしょう、これは断言できます。

パソコンがパソコンと呼ばれなくなり、一般家庭では見向きもされない存在になるかどうかは判りませんが、、、

互換性の問題がある訳です。

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ノートパソコンはデスクトップパソコンの簡易版ですが、性能的に見ても、、、

でも普通の人にすればどうでも良い世界の話です。

これが車だとして、

最高速度が時速300kmか、400kmかで競い合っている世界の話です。

街中の制限速度が60kmの世界、、、

街の中を車で走っている人間にとってはどうでもいいことです。

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一般人にとっては、簡易版を感じさせない程度の性能は既に持っている訳です。

簡易版でも問題なく使えているのは、デスクトップと互換性を持つからです。

互換性を持つから安心して使える訳です。

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その互換性とはキーボードのことです。

幾ら時代が進歩したところで、この大きさは変わりません。

それは人間の体の大きさ、指の大きさに関係するからです。

この互換性問題を解決しない限り、ノートパソコンは小さくならないと断言できます。

タブレット式のノートパソコンは認めませんし、含めません。

あくまでも、フルセットのノートパソコンについての話です。

互換性を無視した製品を使い続けることは可能ですが、果たして会社のデスクトップパソコンと両刀使いが出来るのか?

ストレスを感じずに使い続けることが出来るか?

そう考えると、人間が直に触る部分の互換性って大切なんです。

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現実にあるものを、デザインそのまま、縮小して納めたところで何の意味があるんでしょうか?

成功例が無いと断言は出来ませんが、それが成功したのは幸運、、

それだけです。

開発者の見立て、センスがよかっただけの話です。

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つまり、物には使いやすい大きさと言うものがあって、

そのバランスを崩した時点で偽物、粗悪品でしか無い訳です。

IPhoneの画面は親指何本分の大きさですか?

私がやっていることの回答はこれです。

私のシステムが何であるのかの回答はこれです。

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つまり、縮尺を考慮したうえでユーザーインターフェイスの完全移植は無理と判断した時点で簡易版を作った方が良い訳です。

最悪、モード切り替えで対応も出来る訳です。

本物と外観は似ていなくても、性能は同じに出来る訳です。

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ここからは別の本題です。

完璧にトレースしたところで意味があるのか?

そしてライバルが同じコンセプトで作ったアプリと競合して目立てるのか、勝てるのか?

私の実験して辿り着いた結論はつまらないもの、、、それが感想です。

何でも出来るは、何も特徴が無いと言い切れます。

そして目立たない、、

性能第一の製品はつまらないです。

何でも出来るは、個性が無い証拠です。

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そんなのは、そんな売れないアプリは他人に任せて、性能第一の更に特化したアプリを作った方がマシです。

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画面上に置ける指の数を考えて、それが破綻した時に考えるのが汎用性の放棄、使用頻度の低い機能の削除、、

後発組が、私を含めてですが、勝てる可能性があるのは、専門性だけ、、、

汎用性を捨て、特化して、**専用を言い切るくらいで無いと生き抜くことは難しいでしょう!

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そして、これまた、それを行ったから勝てるという世界でも無い訳です。

努力した者が全員、成功する世界では無いこと、、

但し、成功の必修条件は努力、

成功し続けるための必修条件は努力だと私は思っています。

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成功するまで考え続ける、成功しても考え続ける

これしか無いかな? もちろん、その考えをアプリに取り入れ、販売戦略を見直しての話、、、実行あっての話、失敗しての話、

失敗しないと、心には刻めませんよ!